心地良い、ということ。 

mikumari 239
この時季は、起きるともう明るい。
ここ最近、朝起きてまず「水のブレンド」を飲む。
いつも決まって、お店の裏の、森を望める外のテラスだ。
風が葉をこする音、鳥のさえずり、何ともすがすがしい空気。
とても心地良い。

毎日感じていることだが、どうしてこんなに心地良いのか?

それは、そこには一切、作られたモノがないからだ。
つまり、嘘や偽りがそこにはない。
なるべくしてなるものが、そこにはあり、矛盾がない。
多分、人はそういったモノに「心地良さ」を感じるのだと思う。

それは、例えば、家や衣類、料理や音楽、言葉でも同じだということ。
そこに、無理矢理作られたものや、嘘、偽りがあれば、すぐにわかってしまうと思う。

つまりは自然。
自然体。
「心地良い」ということは、そういうこと。

かくゆう私も、いつもしがらみの中で、葛藤や欲望に負け、なかなか自然体にはなれないが・・・。
あまり深く考えず、感じるままに。
自分らしい「自然体」でゆこうと思う。

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スープ 

mikumari 242
料理を始めて間もない頃、海のすぐ近くのレストランで働いていて、そこで経験したことが、今のお店のスタイルの元になっていると思う。

その当時、本当に何もできなくて、やることなすこと全てが新鮮で、勉強だった。

ある晩、レストランの営業後、お店のスタッフが帰った後、料理のこと、これからのことなど考えながら、1人残って包丁を研いでいると、「仕込み忘れ」とシェフが1人、厨房へ入ってきた。
お互い、しばらく無言で作業していたと思う。
包丁も研ぎ終わり、「お先失礼します」と帰ろうとした時、シェフが『まかない』と、スープとメインの乗ったプレートを目の前の作業台に運んでくれた。
本当にお腹がペコペコで、スープから口に運んだ。
やさしい味のスープが、胃の中に染み渡っていくのがわかった。
それからは夢中で食べた。
もう、美味しくて、美味しくて。

シェフにとっては、ただの『まかない』だったのかもしれない。
でも私にとって、それは自分1人の為に作ってくれた、まぎれもない、『シェフズ・テーブル』そのものだった。
いまでも、はっきりと覚えている。


mikumariの料理の最初が、前菜でもサラダでもなく、『スープ』なのは、その時のオモイが忘れられないからであり、次のプレートへの、チューニング的な役割としても、出しているのです。
そして今も、1人で営業しているのは、きっと、その時のシェフの姿とか、気持ちとかを、追い求めているからかも知れません。

『シェフズ・テーブル』

もし、いつかそう呼ばれる料理をつくれるようになったら、
コースの最初の料理は『スープ』から始めたい。


7月の予定 

mikumari 024
緑がまぶしくなってきました。
庭の草が伸びまくりです。

7月の予定です。
日曜定休の他に、9日(金)、24日(土)~27日(火)は連休を頂きます。
その他、予定が入り次第追記します。

そろそろ蛍、飛びますかね。

(hutte du mielよりアカシヤの蜂蜜入荷しました。山桜の蜂蜜、残りわずかです。)

ズッキーニ 

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夏野菜の中で、好きな野菜の1つ『ズッキーニ』。
生でも、焼いても、揚げても美味しい。
この時期の料理には、欠かせない野菜だ。

でも、15~20年前、この野菜を知っていた人が、どれくらいいただろうか?
家庭で使うようになったのは、ごく最近のことなのだ。

どんなに美味しい野菜でも、知られたり、認められるまで、時間がかかる。

お店も同じ。人も同じ。

自分の決めた道を、真っ直ぐに。

答えは、知っている。 

mikumari 183
梅雨入り前、初夏のこの時期、これからのことを、いろんな分野のエキスパートと話す機会が多くあった。
みんながみんな、そろえたように同じ事を言う。
「形に残らないモノが大事」「見えないモノを見る力が必要」などなど。
そこで、ふと思い出したのが、小さい頃読んだ、「サン=テグジュペリの『星の王子様』の狐」の言葉。

「心で見ないと物事は良く見えない。大切なモノは目で見えないんだよ」

その他にも、忘れてしまっているが、小さい頃に読んだ絵本や童話の中に、たくさんの答えがあるのかもしれない。
また、何かのきっかけで思い出すことがあると思う。
本当はもう、いろんな答えを知っているのだ。ただ、忘れてしまっているだけで。

心で見たり、聞いたりできるものを作る。
いつできるかどうかもわからないが、目指すものは、そこだと思った。

時間を作って、また子供の頃に読んだ本を読み直してみよう。
人生の中の大きな答えを、思い出す為に。





忘れられない味 

mikumari 236
今までの生活の中で、忘れられない味というのが幾つかあって、その中のひとつが、10年近く前、益子で食べた「山桜の蜂蜜」の味だ。
初めて口にしたその味は、それまで知っていた蜂蜜とは次元が違うものだった。
どの蜂蜜よりも甘みがあり、それでいてさらりとしている。
まさか、今になってまた味わえるとは思ってもみなかった。

偶然なのか、必然なのか、「hutte du miel」の諏訪さんとは、実はその時にお会いしていた。
それが本人と認識できたのは、お店を始めてしばらくしてからのことだった。
それから本格的に養蜂を始めた諏訪さんと何度か会うようになり、お店で扱うようになる。
そして今年、その味に出会うことになる。

「hutte du miel」諏訪さんが手に入れてくれた「山桜の蜂蜜」、ソメイヨシノなどの「サクラの蜂蜜」と共に店頭販売しています。
是非、本物の味を。